※ヴァルターとイリヤ ヴァルター:よーし、実戦のつもりでかかって来い。 イリヤ:……いいのか。 オレは手を抜かないぞ。 ヴァルター:鉛入りとはいえ、木剣だ。 当たっても死にゃあしないよ。  ああ、それとも、 自分が怪我するのが怖いのかい? イリヤ:……ッ! バカにするな! ヴァルター:むっ、なかなかやるじゃないか。 イリヤ:……どうだっ! ヴァルター:こうだっ! イリヤ:アウッ!  け、剣の訓練だろう。 体当たりとは卑怯じゃないのか。 ヴァルター:はは、すまんすまん。  お前の腕がなかなか立つもんで、 つい奥の手の体術が出てしまった。 イリヤ:……そういうことなら、いい。  オレの腕が立つのが悪かったんだからな。 ヴァルター:だがイリヤ。  お前の剣はなかなか鋭いが、 騎士の剣術じゃあないな。 イリヤ:なにいっ!? どういうことだ! ヴァルター:剣を小さく構えてスルリと近づき、  相手の胸元にぶつかるくらいの位置で、 グサッと一突き……。  これは暗殺者が良くやるやり方だ。 おまえ、剣の師は誰だ? イリヤ:なっ……!? 暗殺者の剣だと?  さっきの短い撃ち合いで、何がわかる! それとも負け惜しみか! ヴァルター:おいおい、怒るなよ。 俺は感じたことを言ったまでだ。  たいていの騎士は、 剣をこう使う。  まずは、大きく振りかぶって……。 こうだ! イリヤ:……無駄に大きい動きだな。スキだらけだ。  そんなだからさっき、隙をつかれたんだ。 ヴァルター:ははは、そうだな。  見栄えのする動きが染み付いてるから、 どうしても隙はできる。 イリヤ:ばかな。わかっているのになぜ直さん。  そんな大振りをしたところで、 おびえるのは平民や雑兵だけ……。  いや、そうか。 そういう奴らの一群と戦うには、  大仰な動きのほうが良いというわけか。 ヴァルター:理解が早くて助かる。  騎士はなによりまず、 戦争で勝たなきゃならんからな。  敵の大軍の士気をくじくには、 派手で雄々しく戦わねばならん。  故に、剣術の動きはこうなる。 イリヤ:そうか、確かにオレの剣は、 狙い澄ませて一人を殺すための、  暗殺者の技かも知れないな。 ヴァルター:まあ、それも悪くはないさ。 そういった技術も必要だ。  だが、どこでそれを教わった? 俺はそれが疑問なんだ。 イリヤ:誰に教わったというわけではない。 自然に身についたものだ。 ヴァルター:なに? 独学でそこまでの技術を? イリヤ:ああ。 人を斬っている内に、 体がいつのまにか覚えていた。 ヴァルター:……なるほどな。納得がいった。 生きるために振るった剣は、  殺すための形に収斂するものだ。 イリヤ:物騒な話をしたと思ったのだが、 あまり、驚かないんだな。 ヴァルター:騎士たるもの……いや、人間であるならば、  いろいろ過去があって当然だからな。 イリヤ:ふっ……。違いない。  ……騎士の剣術には、興味がある。  せっかくだ、今日はそれをじっくりと オレに教えてくれないか。 ヴァルター:いいだろう。 だが俺の教え方は、ちょっと荒いぞ?  ついてこれるか? イリヤ:貴様こそ、気を抜いて怪我をするなよ。 ヴァルター:よく言った! さあ、こいっ! ※イリヤとエリオット:1 エリオット:たあーっ! イリヤ:負けた……? オレが? こんな……こんなのに? エリオット:稽古ですから、勝ち負けはありません。 イリヤ:…………。 エリオット:イリヤ様は、力みすぎだと思います。 剣を持つ手に柔軟性がないので、  逆に剣を落としやすいのではないですか? イリヤ:知ったような口を! オレの剣は、実戦の中で鍛えられた剣だ。  おまえのような温室育ちの剣と違う! エリオット:すみません、差し出がましい口を。  ですが、決闘に臨むのであれば、やはり、 正当な剣技も学んでおいた方が……。 イリヤ:説教はたくさんだ。 フン! エリオット:どうしてあんなに怒っているのだろう……? ※イリヤとエリオット:2 エリオット:あっ、イリヤ様。 稽古をご一緒しませんか? イリヤ:…………。 エリオット:あの、稽古というのはですね、 槍の扱いを学んだり、 体力を……。 (イリヤが立ち去る) エリオット:あ……。  イリヤ様、 目を合わそうともしてくれない……。   ヴィンフリート:エリオット君、彼の気持ちも、 酌んでやるといい。  彼は落ち込んでいるんだよ。 エリオット:あっ、執政官殿、 お仕事ご苦労様です!  ……落ち込むって、 どうしてです? ヴィンフリート:彼も、プライドが高い若者だからな。  彼は元々、ターブルロンドの東にある、 グラニという国の王子なんだが、  市民の蜂起で国を追われていてね。  彼は国を取り戻すために、 力がいると考えている。 もちろん、剣の腕もだ。  彼は彼なりに、研鑽に研鑽を重ねてきた。 なのに、年下の君に打ち負かされてしまい、  彼のプライドは崩れ去ったというわけだ。 エリオット:うーん、うーん。 でも、それはおかしいと思います。  稽古はそもそも、力がないからすること。 だから負けることも当然なのに……。  そこでそんなに落ち込んでたら、 先に進めないじゃないですか。 ヴィンフリート:彼にとっては、稽古だろうが、 敗北は敗北なんだろう。  おそらく彼だって、 他の年上の騎士に負けたのなら、  相手を避けるまでにはならないだろうが。 エリオット:僕が、子供だからいけないのでしょうか。 ヴィンフリート:いや、それは彼の弱さだ。 君のせいじゃあない。 エリオット:では僕は、 どうすればいいのでしょうか。 ヴィンフリート:さて、そうだな……。  君達は騎士なのだから、 やはり言葉ではなく、  腕で分かりあった方がいいのではないかな。 エリオット:……腕、ですか。 ※イリヤとエリオット:3 イリヤ:……エリオット。 エリオット:ハ、ハイ!? イリヤ:剣を取れ。 今日は、おまえに勝つ。 エリオット:えっ……それじゃ、稽古相手に なってくれるんですか!? イリヤ:勝負だッ! イリヤ:せいっ! エリオット:あっ! イリヤ:よし! これで、オレの勝ちだな! エリオット:……っつ〜っ。 さすがイリヤ様だ……。 イリヤ:あっ、おい、手から血が出てるぞ。 医務室に行かないと。 エリオット:え? これくらい大丈夫ですよ。 イリヤ:うるさい、ほら、こっちに来い! 医務室に行くぞ! イリヤ:チッ……薬なんか残ってやしない。  しかたない、ウイスキーで消毒する。 少し我慢しろ。 エリオット:……ッッッ! イリヤ:よし、あとは包帯を巻いて…… 終わりだ。  よく我慢できたな。 エリオット:よかった。 イリヤ:なに? エリオット:イリヤ様って、本当は優しいんだ。 イリヤ:優しくなんかない!  オレがケガをさせた相手だ、 オレに責任がある。 エリオット:優しくない人は、自分がケガさせた  相手のことなんて考えないと思います。  なんで、『優しい』って言われると 怒るんですか? イリヤ:……あ、そうか。 怒る必要はないのか。 エリオット:そうですよ。ふふっ、おかしいの。 イリヤ:はは……。 ※イリヤとオーロフ イリヤ:……このままでは負ける! せいッ! オーロフ:うおっ、な、なにすんだオメエ! 目を狙うなんて、どうかしてるぜ! イリヤ:戦場では、卑怯もなにもない。 オーロフ:わかったよ。そっちがそのつもりなら、 こっちだって爪と牙を使うぜ。 イリヤ:う……。 オーロフ:怖じ気づいたか? イリヤ:……かかってこい! オーロフ:ウオオオオオッ! イリヤ:トォリャアアアアアアッ! 見物人:「まだやってるぜ、あれ」 「いつまで続くんだろうなー」 エクレール:まあ、どうしましたの? 寮長コルドモア:イリヤとオーロフですよ。 ふたりで延々、稽古してるんです。  いまの若者には珍しい、 真剣な稽古ですなー。 オーロフ:ちェりゃアアアアッ! イリヤ:死ねェェェェェェッ! エクレール:ちょっと! 今、『死ね』って聞こえましたわよ!? 寮長コルドモア:いいぞー! どっちも負けるなー!  負けた方には『仕置き』だぞー! エクレール:……アホらし。 お夕飯の支度しましょ。 ※イリヤとギィ イリヤ:ぐあっ! ギィ:…………。 イリヤ:くそっ、勝てない! どうすれば、アンタくらい強くなれる! ギィ:手段を選んではならぬ。 剣で勝てぬのなら、毒でもなんでも使え。 イリヤ:なんでもだと? 騎士王国の騎士が、 そんなことを言っていいのか?  騎士王の言葉を捨てるのか。 ギィ:私ならば、気にせずに捨てる。  一切を雑念として捨て去り、 勝利への近道だけを考えろ。  おまえは外つ国の者であるというのに、 騎士道に縛られているようだがな。 イリヤ:……じゃあアンタは、 勝てない相手が現れたら、  相手の食事に毒を盛るのか? ギィ:それが最善の手であれば、そうしよう。  毒に頼らねばならぬ己の未熟を恨むのみ。 イリヤ:『強い』って、そんなことじゃないだろ?  おかしいよ、アンタ! 毒を盛られても文句を言わないのか? ギィ:毒を見抜けぬ己の未熟を恨むのみ。  戦場では、最後まで立った者が勝者なのだ。  戦場で勝者になれぬのであれば、 剣を捨て鋤を取れ。  ……どうやらおまえを縛るのは、 この国の騎士道などではなく、  おまえ自身の脆弱さのようだな。 イリヤ:……クッソォォォォォッ!