・ザカート ザカート:ご招待ありがとう。  場所のわがままに応じてもらえて、 大変嬉しく思っている。 エクレール:なぜわざわざ、こんな場所を 指定したのです? ザカート:イスティグファールでは、 妻以外の女の部屋に、  みだりに上がってはならない。  女のほうもまた、 家の外に出る時には、 ヴェールで顔を隠す慣わしだ。  男に顔を見られないようにして初めて、 男と女は会話できるのだ。 エクレール:なにそれ、信じられませんわ!  顔は女の命、せっかくのおしゃれが 無駄になってしまいますわ。  女性に対するいじめですわよ。 ザカート:いや、これも女を守るため、 そして男の自衛のためなのだ。 エクレール:『自衛のため』? ザカート:イスティグファールの男は荒っぽい。  美しい女がいると、 すぐに奪い合いが起きる。  かの空中庭園の女王セミラーミデが 顔をさらした時など、5人の諸侯が  殺し合ったという。  この国にも、似たような伝承はあるだろう。 エクレール:んー……。  『マリアンヌがもし醜ければ、 ウェンダは叛乱など起こさなかった』  ということわざが、グリューネベルクに あるそうですけれども。  意味は良く存じませんわ。 ザカート:そうか、まあなんにせよ。  そんな争いに巻き込まれては、 女のほうも迷惑だし、身が危うい。  それくらいなら、顔を隠したほうが、 男にとっても女にとっても、  良いことだろう。 エクレール:ふむ、まあそういうことなら、 仕方ありませんか……。  いまいち女性が損な気はしますが。 ザカート:私の父も、そう言っていた。 そして父の気持ちも、今ならわかる。  ここがターブルロンドでよかった。  かの国であったなら、殿下のお顔を拝謁する ことはできなかったのだから。  もしかの国で殿下がお顔をあらわせば、 国中の男が殺し合いを始めていただろう。 >おそろしい国なのね。 ザカート:あなたにとっては、 おそろしい国となるだろう。 >美しさって罪なのね。 ザカート:時と場合に依りはするが。 >お世辞が上手ね。 ザカート:私は嘘や世辞は言わない。 本当にそう思うのだ。 それでは失礼する。 ザカート:やはり、殿下とふたりきりというのは 緊張してしまう。  前にも話したが、イスティグファールでは、  妻以外の女性とふたりきりでいることは 悪徳とされている。  他人の女性に手を出せば、 泥棒と同じ扱いとされ、  右腕を切断されてしまうのだ。 >まあ、怖い。 ザカート:そう、あの国は、恋を知る若者にとって、 厳しく、恐ろしい国だ。  想いを寄せることさえ、罪深い。 だがこの国の騎士道ならば……。  『心の中で想いを寄せるのは、罪ではない』  ……と、伝説中で騎士王も仰っている。  私が、とある女性に心の中で 恋をするだけなら、罪ではないのだ。  誰に恋をしているかは、 殿下といえど……いえ、殿下にだからこそ、  お教えすることができない。  打ち明けてしまったら、 罪になってしまうからな。 >この国でなら、自由に手を出せるわね。 ザカート:だが、この国ではまた、困ってしまう。  右腕を切断される恐れがないからだ。  このままあなたを抱き寄せ、 熱く口づけを交わすこともできる……  そう考えると、体がこわばってしまうのだ。  ……安心してくれ。 あなたの口づけをいただくのは、  許しが出てからにするから。 >やろうとしたことはあるの? ザカート:想いを寄せる相手がいなかったから、  しようとも思わなかったな。  だから、あなたと出会ったのがこの国で、 本当によかったと思っている。 ザカート:ご招待ありがとう。 この日を心待ちにしていた。  ……『心待ちに?』 そうか、私は心待ちにしていたのか。  ……殿下、気のせいか、 お美しくなられたか? >いつも通りよ。 ザカート:そうか。だとすれば……。  変わったのは、私の方、か。 >今日のお化粧は自信作よ。 ザカート:……いや、変なことを聞いたな。 すまない。 >バカにしてるの? ザカート:バカになど!  ……していない。  フーッ……すまない。 なにを話したらいいかわからない。  こんなことは初めてだ。 なぜだろう、頭から言葉が 抜け落ちてしまったようだ。  どうにも……難しいな。 ザカート:ご招待ありがとう。  バラ、ヒヤシンス、シャクナゲ、 ユリ、キンポウゲ、ヒナギク。  この花壇は、手入れが 行き届いていて美しいな。  花はいい。 眺めているだけで気分が落ち着く。 >自分で手入れしているのよ。 ザカート:ほう……! それはすごい。  正直に打ち明けると、初めて見た時は、 温室培養のお姫様だと思っていたが……。  少々、見くびりが過ぎたようだな。 まったく失礼した。 >私のことも見てくださいな。 ザカート:それはもちろん、いつだって見ている。  この庭園は、中心にあなたがいなければ 成り立たないものだからな。  控えめな美しさで、 庭園全体を引き締めている。 >イスティグファールにも庭園はあるの? ザカート:そもそも花を庭園にまとめ、楽しむのは、  イスティグファールの慣わしだったのだ。  砂漠の国だからこそ、花を咲かせ、 維持するのに多くの金と労力が必要。  すなわち王侯の証といえたのだろう。  美しい木々や山々に囲まれている この国の者たちにはわからない かもしれないな。  とはいえ私も、イスティグファールで ずっと育ったわけではないので、  私にもわからないことは多いが。 ザカート:それでは、失礼する。 ザカート:本日は、経験した奇妙な経験について お話ししよう。  楽しんでいただければよいのだが。 ザカート:不思議だ。 あなたがお招きしてくださるこの時が、  楽しみでならない……。