※[ポンパドール1] 政務一切を王女がしている その日、ヴィンフリートは、 王女の使節という名目で、ポンパドールを訪れていた。 本来ならば執政官の任務ではない。 だが王女がよく親政を行う昨今、 彼はどうにも暇なのだった……。 シルヴェストル:……殿下からの親書。 たしかに受け取った。 ヴィンフリート:では私の役目は終わりましたゆえ、 これにて失礼します。 シルヴェストル:うむ、早く帰って、 殿下をお助けするがいい。  ましてお前、このところ、 王女の役に立っておらんそうではないか。  政治周りのことを、殿下にやらせるな。 そのために、お前が居るのだろうが。 ヴィンフリート:殿下は自ら望んで、 政務の指揮を取っておられます。  私がどうこう言うことでは……。 シルヴェストル:つまり、お役に立っておらんのだな? ヴィンフリート:いえ、そうではなく……。  執政官の役目は、 政務を代行するだけではありませんので。 シルヴェストル:お前の言うことは、さっぱりわからん。  いいか、学問で王家の役に立ちたい……。 とお前が強く言うから、  留学もさせ、文官となるのも認めたのだ。  それでモノにならんと言うのであれば、 速やかに騎士の修行を再開させるぞ。 ヴィンフリート:父上。人間、向き不向きがあります。  私が今更多少鍛えたところで、 ほかの騎士にはかないません。 シルヴェストル:案ずるな、息子よ。 お前には聖騎士の血が流れておる。  必ずや大成するはずだ。  文官などと言う、わけのわからんものより、  今からでも騎士になるほうがよほど……。 ヴィンフリート:……公務がありますので、失礼します。 シルヴェストル:ヴィンフリート! 待たんか!  ……ああ、まったく我が子ながら、 なにを考えて居るのかわからん奴だ。  誰に似たのやら……。 ※[ポンパドール2] 政務一切を王女がしている その日、シルヴェストルの元に、 王城から一台の馬車がやってきた。 王女の使節……というのは名目。 彼女は、ポンパドール領主家の様子を、 伺いに来たのだった……。 エクレール:確かに、姫様からの親書、 お渡ししましたわよ、おじさま。 シルヴェストル:うむうむ。確かに。  エクレール姫も、立派にお使いが できるようになりましたな。 エクレール:嫌ですわおじ様。  私だっていつまでも、 お子様じゃありませんわよ。  ……あと、姫ってのは、 くすぐったいのでやめてくださいな。 シルヴェストル:おお、ついつい。  どうしても昔のままに 言葉が出てしまうものでな。 エクレール:……昔のまま、ねえ。 シルヴェストル:ところでエクレール殿。  なぜ侍女のおぬしが、 わざわざこの親書を?  ヴィンフリートの奴に 持たせればよかったろうに。 エクレール:あー……。その。 執政官殿は、里帰りが億劫なようでして。 シルヴェストル:なんと? エクレール:おじさま。 だっこしてもらった縁で伺いますけど。  また執政官殿とケンカなさいました? シルヴェストル:留学に出したときのものほどではない! エクレール:……ということは、 やっぱりもめたんですのね?  ここの後継者のことでですか? それは弟の方が継ぐということで、  話がついていたのでは……。 シルヴェストル:うむ、奴に後を継がせるのはあきらめた。  儂はただ、 あいつに騎士であってほしいだけなのだ。 エクレール:……彼は立派な執政官です。  人柄も知識も、同年代の男としては、 抜群だと思いますわ。  それでなお、ご不満ですの? シルヴェストル:……うむ。  騎士の人生と言うのは、素晴らしい物だ。  長年生きてきた儂がいうのだから、 間違いはない。  ヴィンフリートが、このすばらしい人生を、  知らずに生きていくのかと思うと……。 不憫でな。 エクレール:……ハン。 まさにありがためいわく、 ですわね。 シルヴェストル:執政官としての仕事も、 満足に出来ておらぬようだし……。  それならばいっそ、と……。 エクレール:私、あと20歳くらい老けないと、  おじさまの言葉に 共感できないと思いますわ。  でも執政官殿のことを 心配なさっているのは、 よぉくわかりました。  ……ま、やれることはやってみましょう。 ※[ポンパドール3] 政務一切を王女がしている シルヴェストル:……ふむ。 夜の寒さが、身にしみるのう。 ヴィンフリート:肩掛けをお持ちしましょうか、 父上。 シルヴェストル:……ヴィンフリート!? なぜいま、ここに? ヴィンフリート:エクレール殿に、 一晩かけて懇々と諭されまして。  ……顔くらいは、見せておこうと。 シルヴェストル:そんなことはどうでもいい。 おまえ、王女の補佐は……! ヴィンフリート:私が数日居らずとも、困らぬよう、  情報等の引継ぎはしてきました。  無論。 殿下が『できる』方だからこそ、 可能な事ですが。 シルヴェストル:……そうか、それでは……  ますます、お前の居場所がないのう。 ヴィンフリート:……私のことを、 案じてくださっていたのですね。  そうとも気がつかず、 煩わしいとばかり思って……。  人の心のわからぬ息子を、 どうかお許しください。 シルヴェストル:……いや、いや。 儂も言葉が足りなかったようだ。  ……息子よ。 もしも望むなら、いつでも帰って来い。  跡など継がずとも良い。 騎士の訓練も、無理にすることはない。  お前一人の食い扶持くらいは……。 ヴィンフリート:……そうですね、試練が終わったら、  考えてもいいかもしれません。  殿下は、私の助けがなくても、 やっていけるでしょう。  ……手腕の方向は、ともかくとして。  ですが、勘違いなさらないでください。  今をいやいや過ごしているわけではない。  殿下が思うがまま動けるよう、 情報を集め、下準備をするのも、楽しい。  影ながら主を助ける……。 という役割は、思ったよりもいいものです。 シルヴェストル:そうか……そうか。 それならばよい。  お前は、幸せなのだな。  ならば、何も言うことはない……。 お前の母も、喜んでおる事だろう。 ヴィンフリート:はい……。